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大阪地方裁判所 昭和38年(レ)143号 判決 1964年5月15日

控訴人 谷本幸雄

被控訴人 松下つや子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、

被控訴人代理人において、

甲斐シゲは、荒川商店こと洞口一二に対し昭和三四年一月から昭和三六年一二月までの間の酒類及び調味料買掛代金債務残額八三万三一三二円を負担していた。他方、洞口は株式会社元なしや商店に対し酒類等買掛代金債務を負担しており、その支払資金調達のため、被控訴人の夫松下太蔵に対し洞口のシゲに対する前記買掛代金債権の現金化を懇請した。その結果、昭和三七年二月二三日被控訴人代理人松下太蔵、シゲ、その姪松村嘉代子及び洞口一二は川見公直弁護士事務所に集つて、まず洞口は被控訴人代理人松村太蔵との間に洞口は被控訴人に対し洞口のシゲに対する前記買掛代金債権八三万三一三二円を譲渡する旨契約し、被控訴人より六〇万円を受け取つた。甲斐シゲは、右債権譲渡を承諾した。そして甲斐シゲは被控訴人代理人松下太蔵との間に次のとおり契約した。すなわち「(1) シゲは被控訴人に対し右買掛代金債務八三万三一三二円の内金六〇万円を昭和三七年五月から昭和三八年一二月まで毎月五日限り三万円ずつを分割弁済すること。(2) シゲが右分割金の支払を二回以上怠つたときは期限の利益を失い、残額を即時支払うこと。(3) シゲは前記債務八三万三一三二円の支払を怠つたときはその支払に代えてその所有の原判決添付目録記載の家屋(以下本件家屋という。)を被控訴人に譲渡するべく(代物弁済予約)、その所有権移転請求権保全の仮登記をすること。(4) シゲが前記債務の支払を怠り、被控訴人が代物弁済予約完結の意思表示をして本件家屋所有権を取得したときは、シゲは被控訴人に対し右仮登記に基づく所有権移転登記手続をし、かつ本件家屋を明け渡すべく、その際被控訴人がすでに内金の支払を受けていたときはその内金をシゲに返還すること。(5) シゲが内金債務六〇万円を遅滞なく弁済したときは、被控訴人はその残額債務二三万三一三二円を免除し、かつ前記仮登記の抹消登記手続をすることなど」。そしてシゲは、その場で松村嘉代子をして、その旨記載した甲第六号証の契約書及び甲第五号証の債権譲渡承認書に、自己に代つて署名させ、かつみずから押印したのである。その際シゲは被控訴人に対し仮登記申請に必要な委任状、印鑑証明書及び登記済証を交付した。そこで被控訴人は翌二四日本件家屋について前記仮登記を経由した。

と述べ、

控訴人において、甲斐シゲは昭和三七年二月二三日被控訴人主張のような代物弁済予約をしていない。松下某や被控訴人代理人等が、シゲをだましてその印を勝手に使用し、本件家屋について翌二四日代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたのである。

と述べたほか、

いずれも原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。

証拠<省略>

理由

本件家屋について、昭和三七年二月二四日に同月二三日付代物弁済予約を登記原因とする所有権移転請求権保全仮登記がなされていること及び同年八月二五日控訴人を債権者、甲斐シゲを債務者とする布施簡易裁判所のした仮処分決定に基づいて、処分禁止の登記がなされていることは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第二号証の一、二、第三号証、乙第一号証の一から四まで、洞口一二の関係部分の成立及び甲斐シゲ名下の印影が同人の印によるものであることに争がなく、当審証人松下太蔵の証言によつてその余の部分の成立の認められる甲第五号証、被控訴人の署名押印の成立及び甲斐シゲ名下の印影が同人の印によるものであることに争がなく、前記松下太蔵の証言によつてその余の部分の成立の認められる甲第六号証、前記松下太蔵及び当審証人甲斐シゲ(一部)の証言を総合すると次の事実が認められる。

甲斐シゲは、竹泉という屋号で飲食店(いわゆるスタンド)を経営していたものであるが、昭和三四年一月一〇日から昭和三六年一二月二日までの間酒類等販売業荒川商店こと洞口一二より酒類及び調味料を買い入れ、その買掛残代金債務八三万三一三二円を負担していた。他方、洞口は株式会社元なしやに対し酒類及び調味料買掛残代金債務一七〇万円か一八〇万円を負担していた。被控訴人の夫松下太蔵は右会社に外交員として雇われており、右会社と洞口との取引を担当していたところ、洞口よりその右会社に対する前記債務弁済資金八〇万円を調達されたい旨依頼された結果、被控訴人をして洞口から同人の甲斐に対する前記債権八三万三二一二円を六〇万円で買い取らせることとなつた。昭和三七年二月二三日川見公直弁護士事務所で、被控訴人代理人松下太蔵は、洞口との間に被控訴人は洞口よりその甲斐に対する前記債権八三万三二一二円を代金六〇万円で買い受けるべき旨契約して代金六〇万円を洞口に支払い、甲斐はその場で右債権譲渡を承諾した。そして甲斐は被控訴人代理人松下太蔵との間に被控訴人主張のような(1) から(5) までの条項の契約を締結し、その旨の甲第六号証の契約証書及び甲第五号証の債権譲渡証書末尾(承認書部分)に、自己の姪松村嘉代子をして自己に代つて署名させ、かつみずから押印した。甲斐は、仮登記申請に必要な委任状及び印鑑証明書を被控訴代理人松下太蔵に交付した。そして翌二四日被控訴人は冒頭記載のとおり本件家屋について前記代物弁済予約を登記原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由した。さらに同年四月二日被控訴人代理人川見弁護士及び甲斐は、大阪簡易裁判所に出頭し、「甲斐は被控訴人に対し昭和三七年五月から昭和三八年一二月までの間毎月五日三万円ずつ(計六〇万円)、昭和三九年一月三一日二三万三一三二円を支払うこと、甲斐が右債務の支払を怠つたときは、その支払に代えて本件家屋を被控訴人に譲渡するべく、被控訴人が代物弁済予約完結の意思表示をしその所有権を取得したときは、甲斐は仮登記に基づく所有権移転登記手続をし、かつ本件家屋を明け渡すことなど」の裁判上の和解をした。そして甲斐は同年五月五日三万円を被控訴人に支払つただけでその余の分割金を支払つていない。

以上の事実が認められる、前記甲斐シゲの証言中右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

成立に争のない甲第四号証の一、二によると、被控訴人代理人川見弁護士は同年八月一四日送達の内容証明郵便で甲斐シゲに対し同人が前記分割金三回分の支払を怠つたとして前記代物弁済予約完結の意思表示をしたことが認められる。前記甲斐シゲの証言中右認定に反する部分は信用できない。

してみると、被控訴人は同年八月一四日代物弁済契約の成立によつて甲斐より本件家屋所有権を取得したものというべきである。控訴人が、前記仮登記のなされた昭和三七年二月二四日以後の同年八月二五日前記仮処分決定を得て処分禁止の登記を経由したことは冒頭記載のとおりである。仮登記は、本登記の順位保存の効力を有するものであつて、仮登記とその本登記との中間時になされた第三者の登記は、順位において、仮登記にもとずく本登記に劣後するのであるから、中間時になされた前記仮処分による処分禁止の登記は、右本登記に対しては、対抗力を欠くいわば無効のものというべきである。したがつて、仮登記権利者がその本登記請求権を有するに至つた場合、仮登記の順位に後れ、かつ将来なされるべき本登記と外形上牴触し又はこれを制限する登記を経由した登記権利者は該登記を残存させる利益を有せず、したがつて登記上利害関係を有する第三者として、登記官吏が右仮登記にもとずく本登記の際当該登記を抹消することを現在承諾すべき義務があるものというべきである(不動産登記法一〇五条二項一四六条一項)。前記事実によると、被控訴人は前記仮登記に基づく所有権移転登記請求権を有するに至つたものであり、控訴人は、後日被控訴人によつてなさるべき右仮登記に基づく所有権移転登記を外形上制限する処分禁止登記をした登記権利者であり、右処分禁止登記は右仮登記に基づく所有権移転登記に順位において劣後するものであつて、被控訴人は本件家屋所有権取得をもつて、前示仮処分による処分禁止登記をした控訴人に対抗することを得るに至るべきものである。いいかえると、被控訴人が前記仮登記に基づく所有権移転登記をしたときは、控訴人は前記仮処分執行の続行としての処分禁止登記をもつて、被控訴人に対抗することができないものであつて、右処分禁止登記は対抗力を喪失するに至り、いわば無効に帰するものであるから、控訴人は登記上利害関係を有する第三者として、前記仮登記に基づく本登記がなされる際、登記官吏がこれを抹消することを現在承諾する義務があるものというべきである。

控訴人は、前記仮処分決定は、その本案判決が確定するまで効力を有するものであるから、その執行の効力を無視し失効させる本件承諾義務履行請求は違法であると主張するけれども、前記説示のように、被控訴人の前記仮登記に基づく本登記によつて、これを外形上制限する、右仮処分執行の続行である処分禁止登記は、不動産登記法上順位の劣後によつてその対抗力を喪失するに至るものであるから被控訴人との関係において控訴人は登記官吏による(申立によらない)抹消を承諾すべき義務があるものである。その承諾義務は、右処分禁止登記の存続する限り、仮処分命令の本案判決確定の前後を問わず存続するものというべく、被控訴人の本件承諾義務履行請求の間接の結果として、本件仮登記にもとずく本登記のなされる際、被控訴人の申立によらず、登記官吏によつて、右処分禁止登記が抹消され、その意味において前記仮処分執行が失効することとなるにしても、それは不動産登記法一〇五条二項の規定に基づくものであつて違法ではなく、被控訴人は控訴人に対して承諾請求権を有するものといわねばならない。控訴人の右主張は採用できない。

してみると、被控訴人の本訴請求は相当であつて右と同趣旨の原判決は正当であるから、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 羽柴隆 井上清)

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